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7月, 2020の投稿を表示しています

限界は自分で作るもの、だから自由に生きよう

今日は久しぶりにカラッと晴れました。 朝から自然の中で汗を流して、家の近くに戻る途中の景色です。 後から気づいたのですが、雲が十字架になっていました。 今日はわたしに取って、新しい世界へと踏み出す勇気を出せた、自分で自分に課していた限界を思い切って外すことのできた日だったので、応援されているのかなぁ、と、とても嬉しくなりました。 雨が降った後は、必ず晴れる、人生ずっと雨ばかりではない。 逆に、雨があるからこそ、晴れの日のありがたみがわかるというもの。 そんなことを教えてくれます。 さて、そんな気分で日経新聞を読んでいたら、素晴らしい記事に出会ったので、共有させていただきます。 プロ野球などで戦力外になった選手が、再チャレンジをする場として設けられた、ワールド・トライアウト。 メジャー 5 球団と、台湾のプロチームからスカウトが来て、ふたたび野球を続けることができています。 こちらの記事 : 何度でも野球人生を 海外に送り出す社長の本意:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61178840V00C20A7I10000/ 中には、西武や巨人で活躍した高木選手という方が、メキシコリーグへの入団を決め、メキシコへ渡ったことが書かれています。 ところが、日本のプロ野球からはスカウトは一切こず、頭の硬いところが現れていますね。中には、才能ないのにずるずると野球を続けることになり、結局ダメなことになるんじゃないかと批判する人がいるみたいなんですが、これに対して、ワールド・トライアウト主催の加地治佐さんというかたが、このように語ります : “ 駄目とか失敗とか、何をもって判断するのか。 「語学ができて 150 キロの速球を投げる人材なんてそんないない」 ... 「もし野球で駄目でも、英語やスペイン語を話せるようになって帰ってきたら、一般の企業にとっても魅力のある人材になる。語学ができて 150 キロの球を投げられる人材なんて、なかなかいませんよ」 ” 本当にそうですよね。たくさんの国があり、それぞれの野球文化がある。完璧を求められる日本のプロ野球で戦力外通告されたとしても、プロになれるくらいの力量があるから、歓迎してもらえるプロ球団だって世界にはたくさんあるはずです。 しかも、中南米やメキシコならスペイン語ができるようになるし、

さぁどうするか

こんにちは。みなさまいかがお過ごしでしょうか。 さて、あなたは、これからの時代、についてどのような予感をお持ちでしょうか。ネガティブ?あるいはポジティブ? 私は基本的にポジティブです。 もちろん、人は本能的に将来について不安を抱きやすい生き物です。 いつ敵に襲われるやもしれない環境を生き抜いてきた DNA がそうさせるから。 だから、引き寄せとかいうけれど、そう簡単にポジティブにはなれないよー、とみんなが思うわけです。 私も例外ではありません。 落ち込みそうになったり、不安に駆られそうになった時は、次のことを思い出すようにしています : ○ 未来の出来事に関する不安 : 未来のことはどうなるかわからないのだから、その時になってみないとわからない、結果が出るまでの時間、同じ時間を過ごすなら、不安な結果を想像して暗く過ごすよりも、明るい結果を確信して、それで忘れて、いまここにある現実を楽しんだ方がいい、そうしないと、「今」がもったいない。 ○ 過去に関する後悔など : 起きたことは過去のこと、今のあなたとは別のタイムライン、いくら想像しても過去は過去、それよりも今に集中、レッスンがあるなら今と未来に活用する。 そして、コロナ後の世界に関して。昨日、お世話になっている、地域の観光による振興政策を、リードされている方とお電話で話したんですが、 今批判されている GO TO  政策に関して、いちいち延期してたらもうなにもできないから、コロナは「インフルと同じに扱って進んでいくしかない」とおっしゃってました。そうしないと、誰も彼もみんな「潰れてしまう」とのこと。 大企業は内部留保でなんとかなるかもしれませんが、日本の企業の殆どが中小零細規模。彼らでもっているのか日本経済だから、それが倒れたら大企業も内部留保をいつまでも取り崩し続けるわけにはいかない。 そのことを思い出させられました。 経済の縮小はある程度避けられないでしょう。 でと、みんなが普通に食べていける程度には経済は回し始めないと、いつまでも自粛するわけにもいかない。。。 この問題を解決するためには、全員検査をして、陽性が判明した人は強制的に隔離する、ということが 唯一の手段ですが、そのためには時限立法で、法律を作る必要があります。 でも、無症状の人や、軽症の人たちを含め強制的に隔離するって、人権侵害の面から見たらどうな

中国三峡ダム決壊の危険性と黙示録

こんにちは。 ずっと雨ですねー。 さてこの雨、日本に限らず他の国でもやはり雨量は多い様で、揚子江では、かなり危機的状況の様です。 揚子江の上流に、三峡ダムという大きなダムがあるのですが、これは上海を含む流域の経済を電力面で支える非常に重要な施設。 このダムの貯水量が、雨量が多くて限界を超えていて、しかももともと突貫工事あんど手抜き工事でたくさんの亀裂が入っていて、いつ決壊してもおかしくない状況だとか。 そして、土砂などが底に堆積していて、もし決壊したら大洪水になり、流域の住民 4 億人が被災者となる可能性があるとのこと。 ニュースのリンクはこちら : https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/07/post-93874.php すでに一部で避難も始まっているという報道もありますが、いかんせんことが重大なだけに、中国政府は情報統制を敷いていて、ある時期から揚子江関連のソーシャル投稿かまったくなくなっているそうで、具体的な様子はわかりません。それにしても、次から次へと災厄がふりかかります。 アメリカよりもコロナ対応をきちんとできたことから、パワーバランスが若干中国有利になっていますが、三峡ダムが決壊すれば、また一気にバランスが変わりますね。 このダムが決壊した場合、さまざまな収賄で、ごまかしながら作ったダムと言われている中、やはり、また大きな「欺瞞」が暴露されるきっかけとなります。 これに関して、聖書の黙示録の、救世主再臨の前に起こる「七つの災厄」を思い出しました。海、陸、川などにそれぞれ災がもたらされるのですが、その中に「川と水の源」の災厄があるんです。 これが、ただ川、というだけではなくて、「源」なので、ダムのことではないか、と思い、調べてみたところ、こちらが原文 : 「第三の御使いが、鉢を川と水の源にぶちまけた。すると、それらは血になった」(黙示一六・四)。 鉢、ということも、ダムも大きな「鉢」の形をしているわけですから、それが「ぶちまけ」られるということは、まさにダムの決壊という現象を表している様におもいます。 それらは血になった、ということは、被害を出した、と読み取れるでしょう。 すでに、黙示録にある世界の終末の兆しとしては、以下のものが起きていると感じます : ○ 火事、太陽の炎熱=オーストラリアをはじめ

コロナ前=真実の終わり、コロナ後=真実の復権

ご無沙汰しております。 酸素カプセルに入りながらこれを書いています。 最近、有給消化中アンド疎開中、絶賛充電中、酸素も充填中、って感じですが、時間があるので久しぶりに哲学書とかちょっと難しい本を読んだりしている中で、これからをかんがえたりするのに、役立つ情報が結構入ってきて、自分の中で考えがまとまってきたのでシェアします。 リモートワークの中で、ビデオ会議 = VC が多くなり、そこにおけるコミュニケーションのあり方や、ビジネスの進め方について、いろいろ面白いなとおもうことが多くありまして。 その中で、一番感じているのが、リモート環境って、嘘が通じない、メッキが剥がれる、本物じゃないとダメってこと。 対面だと、営業マンにセールストークをされて、うわっつらのお喋りをされても、ああそうか、所詮は営業トークやからな、と流せますが、パソコンの画面でそれをやられると、この人なにいってんだろう、わたしは時間を無駄にしているな、と感じてしまいます。 本音トーク、素でしゃべってる、という感覚がないと、違和感がありすぎる。 それは、ただでさえ十分すぎるくらいにヴァーチャルな環境なのに、さらにヴァーチャルな、作ってる感じの身振り手振りや喋り方をされると、ヴァーチャルすぎて気持ち悪くなっちゃうからだとおもうんです。 非言語、言語コミュニケーションといいますが、人間は言語以外の、雰囲気から顔の表情の細かなところをふくめた、いろんな情報を吸収して他人とコミュニケーションをとりますが、パソコンのスクリーン上だと、それがすべて視覚と音声データに一旦還元されて、その画面上にある情報に集約されます。 すると、なにが起きるのかというと、ごまかしが効かなくなる。対面だとわからない話題があっても、なんとなく体の動きを加えたりうなずきを多くしたりしてごまかしたりすることがあると思いますが、それを画面でやるとうなずきの多いだけのうざい動作に還元されてしまう。 つまり、小さな動作は増幅されて意図することとは別に、ノイズとしての存在感が大きくなり、本当に伝えたいことは、はっきりきちんと、明瞭に伝えないとむしろ伝わらない、ということになります。 というわけで、きちんと伝えたいことをはっきりさせておき、そのことに関して自分の中で理解しておかないと、伝えられないし、説得もできない。 この観点をリーダーに当てはめると、例