前回書いたように、扁桃体は危険を察知すると交感神経を活性化し、 身体をサバイバルモードへと切り替える 、生存本能を司る器官だ。 本来の目的どおりであれば、たとえばライオンなどの捕食者に襲われそうな状況は、闘争・逃走などを経て数十分で終わるはずである。このため、コルチゾールは分泌開始から20分ほどでピークを迎えると言われている。 偏桃体の稼働は、火事場の馬鹿力を発揮するような緊急事態のためにあるのであって、恒常的に活性化が続くことは本来的には想定されていない。 ところが現代では、この反応が1日に何十回、何百回と繰り返され、ほぼ継続してストレスホルモンが分泌され続けるような環境が、社会システムとして構築されてしまっている。その中で、交感神経が休まらない状態が慢性化している人も少なくない。 この状態を「扁桃体ハイジャック」という。体全体が、扁桃体の働きにハイジャックされてしまうと、交感神経が活発になり、身体の興奮状態が続いてしまう。そのため、小さなきっかけでも、すぐに身体が反応しやすくなる。 一見大したたことのないプレッシャーでも、体が戦闘態勢に入って大量の汗が出たり、心拍数が急激に上がったりする。パニック症状として現れることもある。危機状態がデフォルトモードになってしまっているのだ。 その結果、一番問題なのは、心身のレジリエンスが低下することである。 ストレス状態が慢性化した人は、精神面ではプレッシャーに対してネガティブな反応が出やすくなり、怒りや悲しみの閾値が低くなってしまう。 常にストレス状態にあるため、うつなどにもつながりやすくなる。感情的になったり、怒りっぽくなったりして、人間関係にも影響が出る。 体の中では、血圧の急激な変動によって血管にもダメージが蓄積していく。それが近年、より一層深刻化している。 その背景には、 アテンションエコノミー の仕組みがある。 現代では、人の 「注意(Attention)」 そのものが、非常に価値の高い商品となっている。多くの企業が、最新のテクノロジーやアルゴリズムを駆使し、私たちの注意を奪い合っている。 SNSを開けば、流れてくる広告やおすすめ投稿。 ある広告で視線が止まれば広告収入が発生する。 より長く視聴すれば、広告主はより多くの広告費をプラットフォームへ支払う。 つまり、あなたの注意、関心、興味は、お金を生み出す「商品」と...
いつも何かに追い立てられている。 メールが来るだけでドキッとする。 駅で少し人にぶつかられただけでイラッとする。 SNSを見れば誰かと自分を比べてしまう。 ニュースを見るたびに、この先の世界が心配になる。 特別大きな問題が起きているわけではないのに、なんとなく落ち着かない。 不安がデフォルトになっている。 もしそんな状態が続いているとしても、それはあなたが弱いからでも、ネガティブな性格だからでもない。 むしろ、それが人間という生き物のデフォルトなのだ。 なぜなら、私たちはそう進化してきたから。 たとえば、冬を前にしたリス。 リスは必死に木の実を集める。 「もう十分だから今日は昼寝しよう。」 そんな個体ばかりだったら、種としてのリスは冬を越えられなかっただろう。 生き残ったのは、「まだ足りない」「もっと備えなければ」と危険を先回りして考えられる個体だった。 その性質は何万世代にもわたって受け継がれ、今日の私たちにも残っている。 人間も同じだ。 約30万年にわたる進化の歴史のほとんどを、私たちは「今日をどう生き延びるか」という環境で過ごしてきた。 猛獣。 飢餓。 寒さ。 敵対する集団。 そんな世界では、「大丈夫だろう」と楽観視する能力より、「危険かもしれない」と敏感に反応する能力の方が、生き残るためには重要だった。 だから私たちの脳には、危険を見つけるための非常に優秀なセンサーが備わっている。 それが、左右の側頭葉の奥にある小さな器官、**扁桃体(へんとうたい)**だ。 扁桃体の役割は、とてもシンプルだ。 「危険を察知すること」。 危険を感じると、理性的に対応を考える前頭前野よりも先に、身体へ命令を出す。 「逃げろ」 「戦え」 「身構えろ」 つまり、生き延びるためのサバイバルモードへ切り替える。 この現象は 「扁桃体ハイジャック」 と呼ばれている。 扁桃体が刺激に反応すると、そのわずかコンマ数秒後には交感神経が活性化する。 その後すぐにアドレナリンやノルアドレナリンが分泌され、心拍数が上がり、呼吸は浅く速くなり、筋肉は緊張する。 数分後にはストレスホルモンであるコルチゾールも増え、身体全体が 「今は生き延びることが最優先だ」 という状態へ切り替わる。 このとき身体は、とても合理的に動いている。 ...