前回の記事では、慢性的なストレスによって私たちの身体は「収縮状態」に入り、その状態が続くことで姿勢や呼吸、肌、思考までもが変化してしまうことを書いた。 では、その「心」と「身体」は、そもそもどのような関係にあるのだろうか。 私たちは学校教育の中で、「宇宙にビッグバンで物質が生まれ、その物質が変化を続ける中で生命が生まれ、さらに脳が発達した結果として意識が生まれた」と学んできた。 つまり、 物質 → 生命 → 脳 → 意識 という唯物論(すべては物質)的な世界観である。 しかし近年、この前提そのものを見直そうとする議論が、物理学、神経科学、哲学、そして意識研究の分野で広がっている。 その代表的な一人が、世界初の商用マイクロプロセッサを開発した物理学者で発明家の Federico Faggin である。彼は 「Seity(セイティ)」 という概念を提唱し、意識は脳が作り出した副産物ではなく、宇宙に最初から存在する根源的な実在ではないかと論じている。 また、情報処理科学とAI研究を経て哲学者となり、 Essentia Foundation を設立した Bernardo Kastrup は「分析的観念論(Analytic Idealism)」という立場から、物質ではなく意識こそが現実の最も根本にあるという考えを、現代科学や哲学の知見を踏まえて発信している。 さらに、この問いは哲学だけではなく科学の世界でも真剣に議論されている。ノーベル物理学賞を受賞した物理学者 Roger Penrose と麻酔科医 Stuart Hameroff は、脳の神経細胞内にある微小管で量子現象が意識に関与している可能性を示す 「Orch-OR(Orchestrated Objective Reduction)理論」 を提唱した。 量子現象は、湿潤な生物の内側における環境では起こりえないとされていたが、最近ではDNAコードを読み取って酵素が生成されるプロセスにも量子現象が関与している可能性についての研究も進んでおり、脳と意識、人体をめぐって量子物理学と生物学の最先端が近づき、重なりつつある。 デカルト以来、科学の主流であり続けた還元主義的唯物論の考え方が揺らぎ始めたのは、量子物理学における不可解な現象が実験によって次々と確認されるようになったからだ。 たとえば、アインシュ...
「Gupta Yogi」の探求録。タントリック・シャイヴィズムの視点から、純粋意識と身体の解放(Laghima / Āveśa)を綴る。 Journal of a "Gupta Yogi" living in the modern world. Unveiling Pure Consciousness, Laghima, and Āveśa through Tantric Shaivism.