クンダリーニは、身体的な技やトレーニングといった、表面的かつ物理的な努力で目覚めるものではありません。もちろん、より進行させる助けにはなりますが、「クンダリーニ・ヨガ」などを通じ、覚醒を物理的にトリガーできると誤解している人も多いですが、クンダリーニは単なるエクササイズや技術で引き起こせるようなものではないのです。それは、魂の成熟、自己との深い向き合い、本質への探求が鍵となるのです。
自己との向き合いと業の浄化
一方で、クンダリーニは、ただ静かに引きこもって瞑想にふけるような孤立した生活を送る人に訪れるものではありません。それどころか、生を謳歌し、現実の苦しみや悲しみ、暗い感情に触れ、それらを経験した上での自己反省と内省が求められます。怒り、嫉妬、執着などの人間的な感情に苦しみ、それを乗り越え、最終的には「手放す」成熟した魂こそがクンダリーニ覚醒への道を切り開くのです。
愛と崩壊、そして再生
クンダリーニ覚醒は、自己の愛から始まり、他者への愛、さらにはエゴを超越した無条件の愛へと進むプロセスです。この過程で、これまでの、育ってきた過程で、社会や家族や学校によって構築された表面的なアイデンティティが崩壊し、新たな自分が再生します。この崩壊と再生のエネルギー、それを可能にする意志こそがクンダリーニの本質です。
クンダリーニ覚醒後から本当に始まる人間としての成長
また、クンダリーニが覚醒したからといって、すぐに完全無欠な聖人になれるわけではありません。むしろ、スタート地点に立ったに過ぎないのです。私たちはなおも肉体を持ち、この三次元の世界に生きています。しかし、クンダリーニの導きにより、身体や精神が徐々に変化し、より良い方向へと成長を促されます。もし人を蔑ろにしたり、怒りや嫉妬に支配されたりすると、クンダリーニのエネルギーと身体が齟齬をきたし、不調が現れることがあります。
クンダリーニは逃れるものではなく、受け入れるもの
クンダリーニ覚醒とは、魂の成熟によって訪れる恩寵であり、一度目覚めれば、それから逃れる必要もありません。それは私たちをより良き方向、善なる方向へと導く力だからです。覚醒は、宇宙とつながる私たちの本来の使命を思い出し、この世界に愛と光をもたらす存在として生きるための道なのです。
自分の魂と本質に向き合い、成長し続ける勇気を持ち続けましょう。それが、真の覚醒への第一歩です。
コメント
コメントを投稿