タントリック・シャイヴィズムやタントラの文脈において、クンダリーニ覚醒によって超常的な能力(シッディ)を得るという記述は古代の文献から継続して見られます。これには、テレキネシスのような力(物を動かす、遠隔で影響を与えるなど)も含まれることがあります。実際に私には、触っていない物を少し動かせる力があります。こう言った能力が得られることを目指して、クンダリーニの覚醒に興味を持ち取り組む人もいます。こう言った能力はなぜ出現し、何を意味し、どうすればいいのでしょうか。
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1. 超常的能力(シッディ)の記述
シッディ(Siddhi)は、霊的修行やクンダリーニ覚醒によって得られるとされる特殊な力を指します。インド哲学やタントラでは、以下のような能力が記述されています:
- アニマ(Anima): 自分の身体を極限まで小さくする能力。
- マヒマ(Mahima): 自分の身体を非常に大きくする能力。
- ラガイマ(Laghima): 身体を軽くして飛ぶように動く能力。
- プラープティ(Prapti): 望むものを手に入れる能力。
- ヴァシトヴァ(Vasitva): 他者や物を支配する能力。
- イーシトヴァ(Ishitva): 神のような創造的な力を持つこと。
- テレキネシスのような能力: これらのシッディの中には、テレキネシスという物理的な物体を動かす力も含まれるとされています。
これらは、タントリック・シャイヴィズムやヨーガ・スートラ(パタンジャリの教え)でも触れられる内容で、特にクンダリーニ覚醒が進んだ修行者が経験する現象として挙げられています。
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2. シッディの出現の背景
シッディが得られる理由として、タントリック・シャイヴィズムでは次のように説明されています:
1. シャクティの目覚め
クンダリーニ(シャクティ)のエネルギーが目覚め、特定のチャクラを通過する際、エネルギーの集中と霊的な変化が生じる。これが物理的世界に影響を与える能力として現れることがある。
2. 宇宙との一体化
タントラの哲学では、個々の存在は宇宙全体とつながっているとされる。意識の進化により、このつながりを活用して物理的な世界を操作する力が発揮される。私が物を動かす時も、その物とのエネルギーのシンクロの様な感覚があり、その物体のエネルギーが増幅されて意図する方向へ動かせる感じです。それは、宇宙自体とシンクロしているので、意 特定の物に意識を向けると、強いエネルギー連結が起きるために動くわけです。
3. カルマや浄化のプロセス
シッディは修行過程で得られる副産物として現れるが、多くの場合、修行者自身のカルマや霊的進化の結果として現れる。
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3. シッディに対する態度
タントラやシャイヴィズムでは、超常的能力を次のように捉えています:
- 霊的進化の副産物
シッディは修行の結果として現れることがありますが、それ自体が目的ではないとされています。タントラの伝統では、これらの力に執着することは霊的進化を妨げる可能性があると教えています。
- 誘惑とリスク
超常的能力は、修行者にとって誘惑となり、自己のエゴを強化する危険性があるとされています。このため、多くの経典ではシッディに執着せず、最終的な解脱(モークシャ)を目指すべきと強調されています。
私も、クンダリーニ覚醒が起きてすぐにシッディが現れた時はびっくりして、大騒ぎしました。しかし、当初はエネルギーが暴走してコントロールが効かず、モノが手から飛んでしまって物を壊したり、電球がすぐに切れてしまったりと、日常生活に支障をきたしたので、すぐに反省して、呼吸法でエネルギーを制御する訓練を受けました。
- 霊的指導者の役割
シッディが現れた場合、正しいグルや師の指導を受けて、その力を正しく理解し、濫用を避けることが重要とされています。
この現象が発生した人には、必ずそれを正しく導いてくれる指導者が現れます。私にも、シッディが出現して暴走していた時に、偶然街中で仕事の知り合いに会い、その方が合気道の達人だったので、「あなた何か大変なことが起きてますね?」と気づいていただき、「とにかくすごいエネルギーで大変でしょうからうちの道場に来てコントロールの方法を学びましょう」と声をかけていただき、エネルギーを制御し、その結果、エネルギーに振り回されるのではなく、意図した方向に向かわせたり、抑制できるようになりました。なので、やろうと思ってもやれるものでもなく、出現した場合は必ず導きがあるので大丈夫です。
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4. テレキネシスの説明
タントラにおけるテレキネシスのような現象は、エネルギーの集中と意識の力が物理的現実に影響を与える結果として説明されます。以下のような要因が影響していると考えられます:
-プラーナ(生命エネルギー)の操作
-プラーナを高度にコントロールすることで、物理的な物体に影響を及ぼす力が得られる。
- 意識と物質の相互作用
タントリック・シャイヴィズムでは、物質と意識が分離していないと考えられています。この哲学の枠組みの中では、意識を通じて物理的な現実に影響を与えることが可能であるとされます。なので、クンダリーニ覚醒が進むと、意識で考えたことが現実化する、すなわち引き寄せの法則が強く働くようになるのです。
- サンカルパ(意図)の力
精神的な集中(サンカルパ)を極限まで高めることで、意図を物理的に具現化する能力が現れる場合があるとされています。
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5. タントラの教えからの学び
テレキネシスを含む超常的能力に対するタントラの姿勢は非常に現実的で、重要な教訓を含んでいます:
1. 力の目的を理解する
これらの能力は、修行者の霊的成長や他者への奉仕に活用されるべきものであり、自己中心的な目的に使うべきではない。テレキネシスは、世界と自分が一体であるという感覚が、ただの感覚ではなく、物理的な現象として本当なのだ、ということを気づかせてくれるというか、実感せざるを得ないところに人を導きます。私にこの力が強く現れたのは、小さい時から、神がいるならばそれを証明してほしいとずっと祈ってきたからなのではないか、と思っています。なので、抗えない証拠として、目に見えて意識と宇宙と自分が一体であることを示せる力を与えられたのだろうと思っています。この力は、こういった宇宙の真理を理解できると私が感じた人にしか、見せることはありません。といっても、宴会芸にみせることがあるくらい、周りにいる人は大概理解できる人しかいないくらい、スピリチュアルな意識が高くなってきているのを感じます。力というよりもむしろ、クンダリーニ覚醒がさによって体が変わり、世界のエネルギーの知覚が高まったことによって、自然と起きること、という感じなので、プロセスが進むと、そのシッディにこだわることはなく、時折退屈した時に、カフェなどで物を自分に向かって転がしたりしますが、大抵誰もみていない。超能力なんてそんなものです。身につけてみると、超でも能力でもなんでもなく、ただそういう体であるというだけのことなのです。
2. 執着を避ける
超常的能力は一時的な現象であり、究極のゴールである悟りや解脱とは関係がない。一旦は、執着することもあるだろうと思います。シッディが出現すると、自分は特別なんだ、と思ってしまいますから。しかし、それを乗り越えることで、エゴを手放すという修行になるので、シッディの出現は、力を与えることによってその力を手放す精神の熟成を求められる試練であるとも感じます。
3. 謙虚さを持つ
シッディが現れても、それは修行の一部であり、謙虚で慎重な姿勢が求められる。上記の通りです。
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結論
タントリック・シャイヴィズムやタントラでは、テレキネシスのような超常的能力がクンダリーニ覚醒によって得られる可能性があるとされていますが、これらは修行の副産物であり、目的ではありません。それらの能力は慎重に扱い、霊的進化を妨げることのないよう注意が必要です。最終的には、こうした現象を超えて、意識の究極的な目覚めと宇宙との一体化を目指すことがタントラの真髄とされています。
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